扉を開いて、一歩、部屋の中へと足を踏み入れる。
部屋全体が、夕陽色に染められているかのようだった。
そして、鮮やかな橙色に染まった空間のソファに座り込む彼女の姿を見つけると、自然と口元が綻んだ。

「アリス」
そう声をかけると、彼女は此方へと顔を向ける。

「ボリス。どうしたの、急に」
「んー?あんたに会いたくなったから、会いに来た」
「ふーん・・・」

特に気にした風もないような言葉を返してはいるものの、
アリスの頬は、少しだけ赤く染まったように思えた。
きっとそれを指摘したら、全力で否定されるのだろう。
否定すればするほど、より一層顔を赤くして、
それが確かな事実だと認めているような状況になるというのにも関わらず。
くすりと、小さな笑みが口から零れた。

「何、笑ってるの」
「いーや、何でも。入って良い?」
「どうぞ・・・って、私の答えを聞く前に入ってきたら私に了解を得る意味がないじゃない・・・」
「まぁまぁ、細かいことは気にしない、気にしない」
彼女の隣に腰を下ろす。






「本、読んでたの?」
「うん。どうせ特にすることもなかったから、暇つぶしにと思って。
でも、読みだしたら意外とハマっちゃって、止まらなくなって・・・」

・・・と俺に言いつつも、既にアリスの意識は本へと集中し始めている。
アリスは読書家だ。しょっちゅう、本のページをめくっている姿を見かける。
読んでいる本の種類は様々で、物語、伝記、学術、・・・とにかく、何でも読んでいる。

「それ、面白い?」
「うん、色々と興味深い話よ」
「・・・そんな分厚い本読んでて、飽きない?」
「うん、飽きない」

・・・答える声が、何だかうわの空になってきているような。
このまま話しかけたとしても、返ってくるのは気のない言葉だけで、
俺一人が虚しくなるだけな気がする・・・


目の前の文章を読むことだけに熱中しているアリスを、改めて観察してみる。
夕日特有の橙色の光を受けて、
いつもより明るく見える茶色の長い髪は、さらさらと流れるよう。
ページだけを見つめているふたつの碧眼は、優しい光を宿している。
本を支える手は、白くてしなやか。
力を入れて握りしめたら、簡単に折れてしまいそうなほど。
ページをめくる指も、俺の指よりずっと細い。



「・・・」

・・・しかし、こんなにもじっくり見られているのに、何一つ反応を示さないとは。
普段だったら、「あんまりじろじろ見ないでよ」なんて言ってくるところだ。
どこまで読書に集中しているのかと、呆れるを通り越して感心してしまう。


・・・ていうか、何で俺が居るのに相手をしてくれないんだろう。
いや、アリスをこうして観察するのも、それはそれで楽しいのだけれど。
でも、これは何だか不公平な気がする。
俺はアリスのことで頭が一杯なのに、アリスは違う。
今、彼女の思考を独り占めにしているのは、俺以外のもの。

(・・・あれ、何か苛々してきた)

アリスは、俺の隣に居るだけで、俺の思考を独占出来てしまうのに。

俺は・・・










「・・・あぁぁ―――ッ、もう!」
「わぁっ!?」

思いっきり、アリスに抱きついた。
突然の出来事に対応しきれなかったアリスの体はソファへと倒れこむ。
勿論、抱きついている俺も一緒に倒れた。
ばさり、と床へと落ちた本が音を立てる。

「ななな、何、急に!」
「・・・ずるい」
「え?」
「あんたはずるいよ、アリス」

彼女の体に回した腕の力を、更に強める。
「ず、ずるい、って・・・何が・・・?私、何かした?」
「何もしてないから、ずるいんだよ」
「・・・な、何それ」

アリスの眼は、『困惑』の感情を顕著に映し出している。

「・・・何で、俺が居るのに、あんたは本なんか読んでるの」
「え、だからそれは暇つぶしで・・・」
「暇ならさ、読書じゃなくて・・・俺に構ってよ」

触れるだけのキスを、アリスの唇に落とす。

「ボリス、何だかその・・・もしかして・・・怒ってる?」
「ううん、全然怒ってないよ?全然・・・ね?」

にっこりと笑いかけると、アリスの顔が少しひきつった。
・・・彼女は鈍い方だけれども、さすがに今の俺の気持ちは理解してくれたらしい。

「だからさ」


アリスの耳元で、とびきり甘い声で囁いた。




夕陽色と、君と

「今は、俺と遊んで?アリス」

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