「・・・はぁぁ・・・」

自分の部屋に入って、扉を閉めて。
そんな大きなため息をつきながら、そのままずるずると床へと崩れ落ちるように座り込む。

「・・・あー・・・」

正直、俺がこんな状態になるなんて、初めてかもしれない。
悩んで悩んで、ここまで落ち込むなんて、きっと今までにはなかった。
こんなの、俺らしくない。
気にしなければいいだけのこと。大したことじゃない、はずだ。
だって、今までここまで気にしたことはなかったんだから。
そう、こんなのは今更だ。今更考え出してどうするんだ。忘れよう。忘れちゃえよ、俺。
・・・なのに、悩み事はいつまでも俺の思考を支配して、離れない。
その理由はとっくに分かりきっている。単純明快な答えだ。



この悩み事が、アリスにも多少なりとも関わっているから・・・、であって。



だから、あっさりと片付けられない。
・・・しかし、他の誰か、特にアリスに相談できる話では・・・ない・・・よね。
だってこんなの、何か女々しいというか・・・格好悪い。


「・・・はあ・・・」

ぐったりしている身体を何とか立ち上がらせて、ソファへと向かう。
さすがに、いつまでもドアの前に、しかも床の上に座り込んでいるのも嫌だ。
何とかソファまで辿り着き、座る。
落ち込んでいるときは自然と隅っこへ行きたくなるものらしく、
今の俺も端の方に座っている。
そして、両腕で膝を抱え込んで、(俗に言う体育座りだ)俯き加減になる。
どこの誰からどう見ても、落ち込んでるのが手に取るように分かるポーズになっていることだろう。
普通に座っていたくても、身体が勝手にこんな姿勢をとらせるのだ。

「・・・うー・・・」

ああ、こんな状態、絶対誰にも見られたくない。
でも、誰かに来て欲しい、というような気持ちも混ざりこんでいるような気がする。
相反する二つの気持ちが、同時に存在しているという、変な感覚。
・・・何だか、気分悪い。


この問題の打開策を見つけようにも、こればっかりはどうしようもない。
だって、そんなすぐ簡単に変えられるようなことじゃないし。
そんな問題だったら、ここまで悩んだりしない。


唯一、解決の糸口になり得ることと言えば・・・
アリス本人に、直接訊いてみる、ぐらいしかない。
しかし、自分から会いに行って、訊くというのは・・・どうにも気が進まない。
これ、どうしたら良いんだろう。本当に。
考えれば考えるほど、どんどん気分が暗くなっていく。

そんなとき。




こんこん、と軽くドアがノックされる。


「ボリス、居る?」
「・・・・・・」

よりによって、こんなときに、アリスが・・・
いや、俺に会いに来てくれるのは凄く嬉しいし、寧ろもっと来てくれて良いぐらいなんだけど。
・・・会いたいような、会いたくないような・・・

「・・・?ボリス?開けるわよ」

がちゃり、と扉が開かれる。ちなみに俺はまだ顔を伏せているのでアリスの姿を確認することは出来ない。

「何だ、居るなら返事くらいしてくれたら良いのに・・・って、どうしたの?」

扉を閉めて、ぱたぱたと彼女が此方へやって来る足音。

「そんな、膝まで抱え込んじゃって・・・珍しいわね。
 もしかして、体調悪いとか?大丈夫?熱とか・・・」
「熱はない・・・体調は悪くないよ」

少しだけ顔を上げると、心配そうなアリスの顔が、すぐ目の前にあった。

「・・・元気、ないわね・・・じゃあどうしたの?何かあった?」

俺の隣に腰を下ろすアリス。

「・・・うん」
「差し支えなければ、聞いても良い?何があったの」
「・・・・・・。あのさ、アリス」
「ん?」
「言っても、笑ったりしない?」
「しないわよ。ボリスがここまで落ち込んでるなんて、それだけ深刻なことなんでしょう?
 それを笑ったり、馬鹿にしたりなんてしないわよ」
「・・・・・・」

その優しさに、少し視界がぼやけたような気がした。
アリスが俺の恋人で本当に良かったと思う。
アリスを離したくない。離れて欲しくない。
だから、ここまで悩んでいるんだ。


ああもう、ここまできたら言ってしまうしかない。
膝を抱え込んだままではあるけれど、顔だけでもアリスの方に向ける。





「アリス。あんたはさ、」
「うん」




「・・・あんたは、身長高い男の方が、好き?」

「・・・・・・・・・へ?」

アリスが、ぽかんと口を開ける。

「あの、今、何て」
「だから、身長、高いやつの方が、好きか、って言った」
「・・・・・・あの、急に何でそんなことを」
「・・・さっきまで、帽子屋屋敷で、ディーとダムと遊んでたんだけどさ」






――――――――――――――――――――――――


「おや、また来ていたのか」
「あ、帽子屋さん」

ディーやダムと、いつものように庭で遊んでいたところ。
帽子屋ファミリーのボス、ブラッドさんが通りかかり、話しかけてきたのだ。

「お邪魔してます、今更だけどね」
「本当に今更だがな。まあ、ゆっくりしていくと良いさ、おちびさん」
「・・・その呼び方、やめない?」
「本当のことだろう?君が私より身長が低いのは、一目瞭然だ」
「いや、まあ確かにそうだけどさ・・・」


「ブラッド!」

そうこうしているうちに、オレンジ色のウサギさん(本人は認めようとしないけれど)が遠くから駆け寄ってくる。

「・・・げ、ひよこウサギ」
「面倒なのが来るよ、兄弟。どうする?」
「今のうちに逃げておこうか、兄弟?」
「・・・何、お前ら、また仕事サボってたの」
「だって、ボリスが遊びに来て、その相手をしてたんだから、しょうがないじゃん。ねえ、兄弟?」
「そうだよね、兄弟。ボリスにも責任が多少なりともあるよ」
「いや、前々から約束してたわけでもないし、第一お前ら、俺が来る前から遊んで」


「おーまーえーらー・・・」

そんな言い合いをしているうちに、No.2さんはもう目の前に居た。

「今は確か仕事中の時間のはずじゃなかったか・・・?」
「今は仕事中にとるちょっとした休憩時間なんだよ!
 僕らは子供なんだし、これくらいの休憩時間、許されていいはずだよね。ね、兄弟?」
「うんうん、普段からきちんと働いている僕らだもん。
 逆に、これ以上働かせるなら、もっと給料を上げてくれなきゃ」
「いっつもサボってるくせに・・・っ!さっさと持ち場に戻れ、ガキども!」
「うるっさいな、お前みたいな長いウサギ耳がなくたって聞こえるからそんな馬鹿でかい声出さないでよっ!」
「そうだよ、このひよこウサギ!」
「何度も言ってるだろ、俺はウサギじゃねえっ!!」

ぎゃあぎゃあと言い合いながら、2対1の追いかけっこが始まった。


そんな騒がしい光景を見つめる俺と帽子屋さん。

「しかし・・・エリオットの背の高さはやはり目立つな」
「まあ、確かに」
「あれと比べても、やはり君はおちびさんだろう?」
「やっ、あれはNo.2さんが背ぇ高すぎるのもあるし!」

まだそのネタを引っ張るか、この人。
No.2さんは確かに背が高い。見上げないと目線が合わないほどに、だ。
しかし、それは俺に限ったことでは・・・ない、はずだ。うん。

「そんなことはないぞ?うちの領土の者に限らずとも、
 ハートの城・・・女王はまあ、女性だから除くとして、宰相やハートの騎士も君より背が高い。
 時計屋も引きこもりのわりに、私より背が高いくらいだし、
 君が居候している遊園地のオーナーもそうじゃないか。
 ふむ、よくよく考えてみると君が身長で勝っているのはせいぜいうちの門番くらい、ということになるな」
「でもっ、身長だけで全てが決まるってわけじゃないしっ」
「そうとも限らないぞ?意外と女性は男の身長を気にしたりするものだ」
「じょ・・・」
「身長が高かったり、体格が良かったりすると、
 身長が低くて細い体つきの者よりは、よっぽど頼りがいがあるように見えるだろうからね。
 頼りがいのある男に惹かれるという女性は多い。
 あのお嬢さんがどう思うかまでは・・・私には分かりかねるがね、おちびさん?」
 「・・・・・・・・・う」

からかわれてるのは何となく分かるけれど、俺は一気に考え込んでしまった。


そのまま、石・・・というより、巨大な岩を背負ったような気分で帰ってきた。






――――――――――――――――――――――――


「もしあんたが、身長が高くて頼りがいのある男のほうが好き、だったりしたら、
 いつか、俺のことなんか捨てて、別の奴のとこに行っちゃうんじゃないかって思っちゃってさ・・・
 俺、確かに体格良いわけじゃないし、背もそんなに高い方じゃないしさ・・・
 でもすぐに背ぇ伸ばしたりとか出来ないし・・・」
「・・・それで、ずっと悩んで、落ち込んでた、っていうの」
「・・・うん」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

一通り理由を話し終えると、辺り一帯は静寂に包まれてしまった。

ああ、やっぱり呆れられてるのかな、俺。
情けな・・・かっこ悪い・・・どうすんの、俺。

「ボリス、ちょっと立って」
「・・・え、」

半ば無理やり、急かされるように立ち上がる。
そして、アリスもソファから立ち上がり、お互い向かい合うようなかたちになった。
ああ、もうちょっと背が高かったら、もっとアリスを見下ろせるような感じになってたんだろうな。
そんなことを思ってしまい、ため息をつきそうになったとき。


アリスの顔が近づいてきて、俺の唇に、彼女の唇が重ね、られた。
あまりにも突然だったので、目を閉じることすら忘れてしまっていた。
触れていただけの唇はすぐに離れる。


「ねえボリス」
「・・・な、に」
「もし、ボリスの背がもっと高かったら、こうして私からキスをしようとするだけでも、
 わざわざ屈んでもらわなきゃならないの。
 さっきはボリス、屈んだりしなかったでしょう?
 私が、少し背伸びをするだけで、届く距離なのよ」

アリスは、そのまま俺に抱きついてくる。

「確かに、ずっと私より背が高くて、頼りがいのある人も、惹かれないわけじゃないわ。
 けれど、それだけ私と身長差があったら、遠くなってしまうでしょう?
 それだったら私は、近い方が良いわ。触れたいと思ったときに、すぐに触れ合える近さに、居て欲しい」
「・・・アリス」
「ていうかあんた、私が身長だけで付き合う人を選ぶと思ってたの?
 私は、ボリスのことが好きだから、今こうしてボリスと付き合っているのよ。
 身長とか、そんなの気にしてから付き合うなんてこと、してない。
 ボリスの、身長とか体格とか、見た目とか性格とか・・・そういうの、全部ひっくるめて、好きなのよ。
 だから私は今、ここにいるの」

そう言って、アリスが顔を少しだけ上げる。
それだけで、二人の目線が合う。

二人が、近いから。

「・・・ああ、何でこんなこと言わせるのよ、恥ずかしい・・・」

少しだけ赤く染まっている彼女の顔。
背けられようとする前に、両頬を手で挟んで、今度はこちらから口付ける。

「・・・ん、」

やわらかく、舌を絡ませ合ってから、唇を離す。

「あのさ、アリス。
 ごめん、それと・・・ありがと。大好き」

相手の目を見ながらお礼を言うというのは、結構気恥ずかしい。

「どういたしまして。私も・・・大好き、ボリス」

それから、二人で笑いあう。




また、二人が近くなった気がした。



誰よりも、近く



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