観音扉の窓が押し開かれると同時に、部屋に吹き込んできた夜風が彼女の金茶の髪を揺らす。
濃紺の空では、数え切れないほどの星たちが瞬いていた。

月明かりに照らされる小さなテラスに居るのは、彼女ひとりきり。
人気など全く感じられない、・・・静かな夜だった。

彼女は何かを探すかのように辺りを見回す。
やがて、少しだけ落胆したかのような表情を浮かべて、小さな溜め息を零した。
彼女は踵を返して、室内へと戻っていく。
窓を閉じようと手をかけたところで、・・・彼女は動きを止めた。

数秒間の思案のあと、彼女は窓を閉め切らずにその場を離れた。


ベッドに潜り込んでから、彼女はもう一度窓の方に視線を映す。
そこには微風に揺らめくカーテンと、その間から満天の星空が覗いている。
ただ、それだけだった。

彼女は短い一言だけを小さく呟いて、固く目を瞑る。
睡魔は、なかなか彼女の元を訪れようとはしなかった。


ちょうど、世界の色が濃紺から優しい青に移り変わり始めた頃。
微かな月光と、段々と明るさを増す陽光が照らし出すテラスに、
降り立った人影が、ひとつ。

まず、彼の姿を見ると真っ先に目を引く、ピンク色の髪や、体に纏わせた大きなファーは、
この城には少々不似合いであった。
彼は少しだけ焦ったような顔をしながら、窓に手をかけようとして、気付いた。

風が、部屋のカーテンを揺らしていることに。

そっとカーテンの隙間から部屋の中の様子を窺ってから、
音をなるべく立てないよう、ゆっくりと室内へ足を踏み入れる。


彼女はベッドの中で、穏やかな眠りの世界を漂っているようで。
彼が近寄ると、規則的で、小さな彼女の寝息が聞こえてきた。


彼がベッドのすぐ傍にたどり着いても、彼女は目を覚まさない。
彼はそのまま、静かに彼女が眠るベッドの端に腰掛ける。


純真無垢な子供と何ら変わらない、彼女の寝顔を見て、彼の口元は自然と綻ぶ。
彼は彼女の髪にそっと触れて。
さらさらと流れる感触を楽しむように、撫でていく。


全てを覆い隠すような夜の闇の中でのそれとはまた違う、

陽光が少しずつ差し始める、夜明け特有の静けさが、二人を包んでいた。


やわらかな、浅い眠りに包まれていた彼女は、髪に触れている誰かの存在に気付く。
ゆるゆると瞼を開いていくと、しなやかな腕が見えて。
そのまま彼女が視線を上方へと移していけば、
むき出しの肩、黒色の薄い服、赤の首輪、そこから繋がる金色の鎖が目に映る。

一度瞬きをしてから、更に彼女が上を見上げてみると、
シャンパンゴールドの瞳と、エメラルドブルーの瞳が、真っ直ぐに見つめ合った。


昼になりきらない、薄暗い部屋の中であっても、
彼女は、自分のすぐ傍に居るのが誰なのか、すぐに気付く。




世界に夜の帳が下りる度に、律儀に彼女に会いに来るひと。

この城の人間に見つかれば、攻撃を受けると分かっていて、
そんな危険を冒してまで、彼女の元までやって来るひと。


彼女を特別だと、他の誰より思っていてくれるひと。





彼女がそわそわしながら、待ちわびていた、

真夜中の来訪者。




今回の彼は、夜明けと共にやって来た。




二言三言、彼が囁くように口にする。
それは謝罪と、挨拶の言葉。

彼女は頭に置かれたままの彼の手に、自分の手を重ね、一言返した。
ふわり、と。
一輪の花が開くように、彼女が彼に微笑みかけると。
彼もまた、同じ甘さの微笑みを返した。


リボンで飾られたそれを、足元に置いたことを彼が思い出すまで、あともう少し。



The wind of silent dawn



>back